敦賀まで新幹線乗ってきました
祝!北陸新幹線敦賀まで延伸
半世紀を掛けた、北陸地方念願の新幹線が先月16日に延伸開業されました。
私としては金沢が終点では無くなったことに、少々寂しさを感じてしまいますけど。寝過ごすことが出来ませんし。
東京発最終の『かがやき』は金沢止まりなので、まだ安心は出来ますが。
東京までの『かがやき』、大宮まで乗った『はくたか』、そして今回初めて乗った『つるぎ』で全ての北陸新幹線に乗ったことになります。
新幹線の自由席にも初めて乗りました。東京までグランクラスに乗ったことも有りますし、残ったのはグリーン車だけです。
でもグリーン車は乗る意義も有りませんが。金沢では降車のお客さんが多く、出発時間近くになっての乗車にやきもきしましたが。
大宮での東北新幹線への乗り換えでも経験しましたが、相変わらず危機管理が欠如しています。駅員さんの焦りも感じられました。
2号車から乗ったのですが、3号車の扉もすぐ傍にありましたので、そっちから乗ることも誘導しないといけませんね。
金沢から東京までの開業直後と同じように、敦賀までの行程はとても静かでスムーズでした。2時間後に山陽新幹線にも乗りましたから、違いが解りますね。
で、1月にも書きましたが、急ぎの旅では無かったため敦賀からは新快速に乗りました。
山陽新幹線の繋がりが悪かったため、新大阪まで行きましたが、琵琶湖の真ん中の『近江舞子』まで各駅停車で1時間、そこから新大阪まで1時間でした。
琵琶湖周辺の桜もゆっくりと見えて、逆に良かったとさえ思いました。隣に座った台湾からの旅行客もしょっちゅうスマホで写真を撮ってましたね。
全席指定のサンダーバードですと1時間20分ですが、帰りの新大阪で先発した座席はガラガラに見えました。
そのうち2車両が自由席になることを予見できましたけどね。京都から敦賀まで新快速に乗った人も結構いました。
帰りも同じ経路で帰って来ましたが、敦賀駅の新幹線ホームではいたれりつくせりで、階段を上がったところに係員がいて、
「何号車ですか」と聞かれて・・・まぁ今だけだとは思いますが。
3月まででしたら実家の近くの『松任』で降りる事も出来ましたが、今は新幹線のJRと地方鉄道のIR…第三セクターの別会社なので、
新幹線を一つ前の『小松』で降りて『松任』まで各停で行くことも出来ませんでした。『小松』から『松任』まで追加で別料金らしいです。
仕方が無いので金沢から折り返して『松任』まで行きました。タクシー料金が半分になりますから。
能登半島地震のその後
ちらちらと余震無しの日が出て来ましたが、それでもM3クラスの地震が起こった後はその余震が有り、ほぼ以前の状況に戻って来ました。
しかし以前と違うのは能登半島の先端、珠洲市近辺の地震だったのが、1月の余震が起こった5箇所に満遍なく起こっていることですね。
それでもまたエネルギーをため込んでいるみたいに見えるので、次の震度5強クラスは秋頃に来そうですけどね。
それまでにある程度の復興を期待したいところです。
天皇皇后両陛下も3月に続いて昨日も穴水や能都町などに来られました。3月の時は金沢市内に大阪府警のパトカーが見受けられて、
警備と能登のために各地から来られていることを感じられました。
台湾の地震は処理が早かったですね。輪島の漆器店のようなビルの倒壊も3日後には解体が始まりましたし、金沢のスポーツセンターに出来たような、
1.5時避難所もあっさりと無くなりましたし、孤立した場所にも翌日には向かう映像が流れました。
まぁ被害の状況も違いましたけどね。救助の車両が三日後にようやく着いた能登と違い、ある程度整った道路状況でしたし。
台湾の方が早くに復興されるとは思いますが、それで能登半島地震に携われた行政を非難は出来ませんね。